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植物園だより 第3回 源氏物語から読み解く平安の花

2024年10月1日 高橋忠栄

 第3回は植物園で開催中の企画展示「源氏物語から読み解く平安の花」を取り上げます。現在、NHKでは源氏物語の作者である紫式部が主人公の大河ドラマ「光る君へ」が放送されています。源氏物語では、風景や宮中文化の描写、人々が思いを伝えあう和歌などに植物が効果的に使われ、登場する植物は100種類を超えます。その描き方はとても細やかで、紫式部が植物をよく知り、観察していたことが伺えます。
 今回の展示では、源氏物語に登場する植物に焦点を絞り、物語と植物の関係性を紐解いています。


①展示の様子
①展示の様子

1. 源氏物語の登場人物と植物
 源氏物語では登場人物の多くが植物と関連づけて描かれ、植物の名前をつけられた人物も少なくありません。主な登場人物がどのように描かれているかをご紹介します。


①光源氏 ~ ヤマザクラ(山桜)【バラ科】
 源氏物語の主人公で、桐壺帝を父に持ち、自身も帝になる可能性がありましたが、父帝によって臣下の身分に降ろされ、その可能性を絶たれます。物語は源氏の華やかな女性関係と政界での活躍を描きながら進みます。
 源氏物語は源氏の恋愛模様を描いた小説として知られますが、これほど長く読み継がれてきたのは、源氏が高い教養を身につけ、才能を開花させて上皇に準じる地位まで昇り詰めた立身出世の物語が、後の貴族や武家の社会に受け入れられたという面もあるようです。
 「光る君」の言葉に表されるように、源氏の容姿の美しさは再三描かれますが、第7帖「紅葉賀(もみじのが)」では、ライバルである頭中将(とうのちゅうじょう)と共に舞う源氏を「花」に例えています。花の種類は明記されていませんが、その花を「サクラ」とする訳本が多く、当時の人々が都で見ていたサクラは「ヤマザクラ」だったようです。

第7帖「紅葉賀」より
「源氏中将は、青海波をお舞いになった。一方の舞手には大殿の頭中将。容貌、心づかい、人よりは優れているが、立ち並んでは、やはり花の傍らの深山木である。」
※)光源氏を「花」、頭中将を「深山木」に例えたもの。

②オオヤマザクラ
②オオヤマザクラ


②紫の上 ~ ハス(蓮)【ハス科】
 物語に数多く登場する女君(おんなぎみ)の中で、最も長く源氏を支え続けたのが紫の上です。京都郊外の北山の寺で育てられていた10歳のとき、病気治療のために訪れた源氏と出会い、その後源氏に引き取られて二条院で大切に育てられます。やがて源氏の事実上の正妻として、源氏の女性関係に悩みながらも生涯を共に過ごします。
 源氏が一時失脚して明石に滞在したとき「明石の君」との間にもうけた娘「明石の姫君」を引き取って育て、成長した姫君が東宮妃として入内する際は、わが子と長く離れて暮らした明石の君の心情を思って後見人の座を譲るなど、優しい人柄の女性として描かれます。
 第35帖「若菜下(わかなげ)」では、体調を崩した紫の上を源氏が訪ね、池に咲く蓮を見ながら歌を交わし、心を通わせあう様子が描かれています。

第35帖「若菜下」より 病床の紫の上が源氏に贈った歌
「消えとまる ほどやは経べき たまさかに 蓮の露の かかるばかりを」
(露が消えずに残っている間だけでも生きられるでしょうか、たまたま蓮の露がこのように残っているだけの命ですから)

③ハス
③ハス


③頭中将 ~ フジ(藤)【マメ科】
 源氏の最初の妻・葵の上の兄であり、親友として、また政界のライバルとして、様々な場面で源氏の人生に深く関わってくるのが頭中将です。頭中将は役職名で、他の登場人物と同様に本名は明かされていません。作中では出世に従って呼び名が変わり、最後は太政大臣にまで上り詰めます。
 第7帖「紅葉賀」で源氏と共に舞ったとき、源氏が「花」に例えられたのに対し、頭中将は「深山木(山林の樹木)」に例えられました。華やかな源氏に対し、無骨で男気がある存在として描かれています。
 物語で重要な役割を果たす柏木、雲居の雁(くもいのかり)、玉鬘(たまかずら)の父親でもあり、第33帖「藤裏葉(ふじのうらば)」には、長く反対していた娘・雲居雁と光源氏の息子・夕霧の結婚を認める場面があります。ここでは、頭中将、夕霧、柏木が藤の花を取り入れた歌を交わします。

第33帖「藤裏葉」より 頭中将が夕霧を自邸に誘った歌
「我が宿の 藤の色濃きたそかれに 訪ねやは来ぬ 春の名残を」
(私の邸の藤の花の色が濃い夕暮れ時に訪ねていらっしゃいませんか、いく春の名残を惜しみましょう)

④フジ
④フジ


2. 源氏物語の和歌と植物
 源氏物語の登場人物たちは和歌を交わすことで思いを伝えあいますが、その和歌にも植物が効果的に使われています。和歌に詠まれた植物をご紹介します。


①第21帖「少女(おとめ)」より モミジ(紅葉)【ムクロジ科】

「心から 春まつ園は わが宿の 紅葉を風の つてにだに見よ」
(あなた様の大好きな春をお待ちのお庭では、せめて私の庭の紅葉を風のたよりにでもご覧ください)

 この歌は、第21帖「少女」で、六条院に暮らす紫の上のもとに、秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)から届いた贈り物に添えられていた歌です。その贈り物は、硯箱の蓋に秋の草花や紅葉を入れたものでした。
 それに対し、春を好む紫の上は、同じ硯箱の蓋に苔を敷いて岩に見立てた小石と五葉松の枝を飾り、春の美しさを表した歌を添えて返します。秋と春の競い合いのような展開です。


⑤モミジ
⑤モミジ


②第23帖「初音」より マツ(松)【マツ科】

「引き別れ 年は経れども 鶯の 巣立ちし松の 根を忘れめや」
(別れて何年もたちましたが、鶯が巣立った松を忘れないように、私も生みの母君を忘れましょうか)

 この歌は、第23帖「初音」で、母である明石の君から、源氏のもとで暮らす娘・明石の姫君に、松の枝に留まる鶯を細工した置物と新年の挨拶の歌が届けられたのに対し、姫君が返した歌です。
 母親の家柄が子どもの人生を大きく左右した時代、身分が低い明石の君は、娘の将来のため源氏に託することを選びます。この歌では、離れて暮らす母と娘が、変わらずに緑を保つ松を介して変わることのない絆を表しています。

⑥ゴヨウマツ
⑥ゴヨウマツ


③第2帖「帚木」より ナデシコ(撫子)【ナデシコ科】

「山がつの 垣ほ荒るとも 折々に あはれはかけよ 撫子の露」
(山荘の垣根は荒れていても、時々は愛情をかけてやってください撫子の花に)

 この歌は、第2帖「帚木(ははきぎ)」で、頭中将との間に娘をもうけた夕顔が、なかなか訪ねてこない頭中将に撫子の花と一緒に贈った歌です。撫子は小さな子どもを表し、せめて娘には愛情をかけてくださいと訴えています。
 その娘が玉鬘で、第26帖「常夏」には成長した玉鬘と源氏が歌を交わす場面があります。源氏が、美しいあなたを見れば頭中将は夕顔を訪ねるでしょうと贈ったのに対し、玉鬘は身分の低い母親を誰が訪ねるでしょうと返しています。

※)帚木:遠くから望めば箒を立てたように見え、近くに寄れば見えなくなる不思議な木とされ、具体的に何を指すかは分かっていない。

⑦カワラナデシコ
⑦カワラナデシコ


3. 平安の文化と植物
 会場では、物語に登場する植物の他、平安時代に重視された香りや色と植物の関わりもご紹介しています。


①香り
 平安時代にはよい香りをまとうことが貴族社会の身だしなみとされ、香を焚いて部屋に香りを漂わせたり、衣服に香りを焚きしめたりすることが盛んに行われていました。その香りに使われていたのが白檀や沈香、丁字といった植物です。
 第32帖「梅枝」には、東宮に入内することとなった明石の姫君のため、源氏が女君たちに薫物(たきもの)の調合を競わせる場面があります。歌を競う「歌合」や花を競う「花合」、絵を競う「絵合」などと同様、香りを競い合う「薫物合」も貴族の娯楽として流行しました。
※)薫物:沈香や白檀などの香木と丁子や麝香などの香料を練り合わせて固めた香。


②色と襲(かさね)
 平安時代といえば豪華な衣装がイメージされますが、当時は季節に合わせた衣装を身にまとうことが大切にされ、色はその重要な要素でした。使われていたのは紅花や藍、黄肌など植物由来の色です。
 また、衣裳の襟や袖口、裾などは布地がわずかにずれて、それぞれの色が緩やかに重なり合い、そこに配色の妙が生まれていました。このような色の組み合わせを「かさねの色目」と呼び、その配色にも「桜襲」や「藤襲」など季節の植物の名前が当てられていました。



 今回の展示では、源氏物語全54帖のストーリーを紹介しながら、物語に登場する植物を和歌やエピソードとともに展示しています。ご興味を持っていただいた方は、ぜひ会場に足をお運びください。

新潟県立植物園 企画展示「源氏物語から読み解く平安の花」

新潟県立植物園 企画展示「源氏物語から読み解く平安の花」
開催期間:9月11日(水)~11月17日(日)
県立植物園HP https://botanical.greenery-niigata.or.jp/



(挿入写真)
 ①②⑤⑥⑦:筆者撮影
 ③④:新潟県立植物園

(参考文献)
 川崎景介「花で読みとく『源氏物語』」(講談社、2024年)
 松谷茂「植物園の咲かせる哲学」(教育評論社、2022年)
 松田修「古典植物辞典」(講談社、2009年)

(執筆者)
 高橋 忠栄
 新潟県立植物園 園長
 技術士(総合技術監理部門・建設部門)
 元 村上地域振興局長

※)当サイトの内容、画像等の無断転載を禁止します。








植物園だより 第2回 熱帯植物ドームの植物

2024年9月1日 高橋忠栄

 第2回では「熱帯植物ドームの植物」を取り上げます。県立植物園の観賞温室第1室「熱帯植物ドーム」は、高さ30m、直径42mの国内最大級のドーム型温室で、約550種、約4,000株の多種多様な植物が植栽されています。世界の植物に生きた状態で触れることができる、植物園の中心となる施設です。今回は、数多くの植物の中から植物園でなければ見ることができない植物をご紹介したいと思います。


①ダイオウヤシ【ヤシ科】
 熱帯植物ドームの中央に最も高くそびえ、温室のシンボルとも言える姿を見せているのがダイオウヤシ(大王椰子)です。中南米~北米フロリダ州に自生し、ヤシの仲間で最も大きくなることが名前の由来だそうです。温室には他にもココナッツがなるココヤシ、果実が薬用として使われるビンロウなどのヤシ科の植物が植えられています。温室に入ってすぐの洞窟の階段を上った展望スペースから見ると、その姿がよく分かります。
 2024年の春までダイオウヤシは2本並んでいましたが、1本に傾きが確認されたことから倒れる危険性があると判断し、残念ながら5月に伐採しました。伐採したヤシはその後しばらく展示し、普段は見ることができない細部や断面を間近に見ていただきました。
 開園から25年が経過し、ダイオウヤシは温室の天井近くに達しています。ヤシは剪定で高さを抑えることができませんので、このヤシも遠からず伐採が必要な時期を迎えてしまうかもしれません。

①ダイオウヤシ
①ダイオウヤシ


②オウギバショウ(タビビトノキ)【ゴクラクチョウカ科】
 オウギバショウ(扇芭蕉)の名の通り、長い柄を持つ葉が扇のように広がり、その特徴的で大きな姿は温室内でもよく目立ちます。 原産地はアフリカ大陸の東南沖に浮かぶマダガスカルで、マダガスカルはバオバブの巨木が並ぶ風景でもよく知られています。
 別名のタビビトノキ(旅人の木)の由来には、葉の付け根に溜まった雨水を旅人が飲み水として利用したという説と、日照を好む植物で葉が南方向を向くよう東西に葉を開くことから方向を示すコンパスの役割を果たすという説があるようですが、いずれも定説となっているものではありません。
 ストレリチア(ゴクラクチョウカ)に似た白い花が咲き、インテリアとしても使われる美しい青色の種子(※)をつけます。自生地ではこの花の蜜を好むエリマキキツネザルが花粉を媒介しているとのことですが、当園では人工授粉によって2021年に初めて結実しました。その果実も温室で展示しています。
 ※)青色の仮種皮(種子の表面を覆う膜)で覆われた種子で、種子自体は黒褐色。

②オウギバショウ(タビビトノキ)
②オウギバショウ(タビビトノキ)


③ガジュマル【クワ科】
 ガジュマルは熱帯・亜熱帯に分布し、日本では沖縄、種子島、屋久島などに自生します。沖縄では妖精キジムナーが住む木とされ、キジムナーは幸せをもたらすとされていることから、ガジュマルは「幸せの木」と呼ばれます。
 一方、ガジュマルは鳥などによって運ばれた種子を他の樹木(宿主)の上で発芽させ、宿主を覆うように気根を伸ばして成長し、やがて宿主を枯らしてしまうことから「絞め殺しの木」とも呼ばれます。太い気根を絡ませた姿はまさに宿主を締め付けているように見えますが、実際には「絞め殺す」わけではなく、宿主の表面を覆い、より高く葉を広げることで日光を遮って枯らしてしまうようです。
 正反対の印象を与える名前を持つガジュマル。当園のガジュマルは気根で宿主のイヌマキを覆い、さらに同じ仲間のアコウがその上に着生して複雑に絡み合った姿を見せています。温室の中でも日光をめぐる生存競争が静かに繰り広げられています。

③ガジュマル
③ガジュマル


④ヒスイカズラ【マメ科】
 ヒスイカズラ(翡翠葛)は青緑色の房状の花を咲かせるつる性の植物で、鮮やかな色と人工物のような花の形に驚かされます。開花期は3月~5月頃で、この花を目的に訪れる方も多い人気の植物です。原産地はフィリピンですが、現地では絶滅の危機に瀕しているとのことです。
 自然界ではオオコウモリが花粉を媒介することが知られており、この花の色と形はそのために特化されたもののようです。植物の中には特定の昆虫や動物が花粉を媒介するものが少なくありませんが、これは同じ種類の植物に花粉を運んでもらうために進化した結果だと思われます。
 ヒスイカズラの場合、独特の色はコウモリが好む色で、花が房状につく形状はコウモリがぶら下がるのに都合がよく、一つ一つの花はコウモリだけが蜜を吸える形になっています。さらにコウモリが蜜を吸うために口を突っ込むと雄しべが出てきて花粉がつける仕組みや、雌しべの先にキャップのような覆いがあって最初のコウモリでは(自らの花粉では)受粉せず、次のコウモリが他の花の花粉をつけてきたら受粉する仕組みなど、とても巧妙な仕組みを持つ神秘的な植物です。

④ヒスイカズラ
④ヒスイカズラ


⑤フウリンブッソウゲ【アオイ科】
 フウリンブッソウゲ(風鈴仏桑花)は東アフリカ原産のハイビスカスの一種で、ブッソウゲはハイビスカスの和名です。花弁がそり返って球状に見える花が垂れ下がり、風に揺れる姿はまさに風鈴のようです。熱帯では通年で開花するようですが、当園でも初夏から秋にかけて長い期間花を楽しむことができます。
 おなじみのハイビスカスとはかなり違う印象を受けますが、様々な色や形の花をつけるハイビスカスに共通の特徴は、花びらが5枚あることと、雄しべと雌しべが一体になった花柱が花の中心から垂直に突き出していることで、フウリンブッソウゲもその特徴を備えています。
 深い切れ込みが入った花びらの形や色が珊瑚に似ていることから「コーラル・ハイビスカス」とも呼ばれ、「ジャパニーズ・ランタン」の英名もあるそうです。日本にはない熱帯の植物に日本の提灯の名前がついているのは興味深いです。

⑤フウリンブッソウゲ
⑤フウリンブッソウゲ


⑥パラグアイオニバス【スイレン科】・サガリバナ【サガリバナ科】
 パラグアイオニバスとサガリバナは、いずれも夜に開花して香りを放つ植物です。夏に行う夜間開園では、パラグアイオニバスとサガリバナの競演を楽しむことができます。
 パラグアイオニバスは南米のパラグアイやアルゼンチンに自生し、花は2日にわたって開花します。1日目の花は白くて強い香りを放ち、甲虫の仲間を誘います。朝になると一度花が閉じて虫を閉じ込め、夜に再び花が開くと中にいた虫が出てきて体についた花粉を別の花に運びます。2日目の花はピンク色に変色し、香りもほとんどありません。
 子どもが乗れるほど大きく、縁が立ち上がった浮葉も特徴です。毎年種から育てる一年草で、初夏から秋には屋外の池でも見ることができます。

⑥-1 パラグアイオニバス
⑥-1 パラグアイオニバス

 サガリバナは熱帯から亜熱帯の水辺に生育する樹木で、花は房状にぶら下がって咲きます。放射状についた長い雄しべが特徴で、全体がブラシのように見えます。花は夕方から開花して甘い香りでガの仲間を誘い、翌朝には散ってしまいます。当園の温室では池の上で開花し、散った花が数多く水面に浮かぶ様子は桜の花いかだを思い起こさせます。

⑥-2 サガリバナ
⑥-2 サガリバナ


⑦ショクダイオオコンニャク【サトイモ科】
 最後に、世界一大きい花と言われるショクダイオオコンニャクをご紹介します。当園のショクダイオオコンニャクは、開園15周年にあたる2013年に小石川植物園から寄贈されたものです。開花は非常に珍しく、当園では9年目の2022年8月に初めて開花しました。
 ショクダイオオコンニャクも夜に開花し、強い臭いを放ちながら発熱して甲虫を集めます。パラグアイオニバスやサガリバナが甘い香りを放つのに対し、ショクダイオオコンニャクは腐肉臭と表現される強烈な臭いを発するため、世界一臭い花とも言われます。
 世界一大きい花と言われるのは、複数の花が集まって形成する「花序」が非常に大きくなるためで、高さ3mを超える記録も残されています。単体の花として世界最大とされるのはラフレシアで、当園ではレプリカを展示しています。
 開花を見ることができる機会は非常に稀なショクダイオオコンニャクですが、機会があれば、ぜひ特異な形の大きな花と強烈な臭いを体験していただきたいと思います。

⑦ショクダイオオコンニャク
⑦ショクダイオオコンニャク(2022年8月開花)


 熱帯植物ドームには、今回ご紹介した植物の他にも、当園が収集に力を入れている熱帯性のツツジやシャクナゲ、バナナをはじめとする熱帯の果樹など、魅力的な植物がたくさんあります。残念ながら、温室は一度見れば十分と言われてしまうことが少なくありませんが、実際は季節ごとに花が咲き、実をつけ、見飽きることがありません。ぜひ季節によって違う姿を見せる植物たちに会いに来ていただきたいと思います。

県立植物園HP https://botanical.greenery-niigata.or.jp/


(挿入写真)
 ①~⑤:筆者撮影
 ⑥、⑦:新潟県立植物園

(参考文献)
 新潟県立植物園「ようこそ緑の夢王国 県立植物園」(新潟日報事業社、2003年)
 新潟県立植物園研究報告 第1号(新潟県立植物園、2023年)
 WEBサイト「かぎけん花図鑑」(株式会社科学技術研究所)

(執筆者)
 高橋 忠栄
 新潟県立植物園 園長
 技術士(総合技術監理部門・建設部門)
 元 村上地域振興局長

※)当サイトの内容、画像等の無断転載を禁止します。







植物園だより 第1回 食虫植物

2024年8月1日 高橋忠栄

 このたび、県友会ホームページに「植物園だより」を連載させていただくことになりました。拙い文章ですが、県立植物園で栽培している植物を中心に、植物の美しさや不思議さをお伝えできればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 第1回は食虫植物を取り上げます。毎年夏休みの時期、植物園では子どもたちに人気の食虫植物をテーマにした展示を行っています。私も子どものころ食虫植物を育てていました。虫を捕らえる仕組みや形の面白さに惹かれ、中でも筋肉も無いのに素早く動くハエトリソウは本当に不思議でした。そんな食虫植物の魅力をお伝えできればと思います。


1. 食虫植物とは?
 食虫植物は、湿地や岩場など土壌の栄養分が少ない環境で生きていくため、巧妙な仕組みで虫を捕らえ、自らの栄養にして育つ植物です。熱帯の植物という印象が強いですが、日本にもモウセンゴケやムシトリスミレ、タヌキモなどが自生しています。
 もう少し細かく見ると、食虫植物は、①誘引:虫をおびき寄せる能力、②捕獲:虫を捕まえる能力、③分解:虫を溶かして養分にする能力、④吸収:養分を吸収する能力、⑤養分活用;吸収した養分を成長に使う能力、の5つの能力を持つものとされています。しかし食虫植物という区分は不明瞭な部分があり、食虫植物に区分されている植物がこれらの能力をすべて備えているわけではありません。ポイントは⑤の養分活用だとされていますが、最も確認が難しいのがこの項目のようです。



2. いろいろな食虫植物
 食虫植物が虫を捕らえる仕組みは、大きく次のように分けられます。
落とし穴式:落とし穴のような袋の中に落として捕まえる。
挟みこみ式:葉で挟みこんで捕まえる。
粘着式  :葉から粘液を出して捕まえる。
吸い込み式:袋の中に吸い込んで捕まえる。
迷路式  :罠の中に迷い込ませて捕まえる。
 次に、それぞれの代表的な種類をご紹介します。


①落とし穴式
〇ウツボカズラ
 食虫植物の代表的な存在で、葉から伸びた「つる」の先端につぼ型の捕虫袋を付けます。ふたの裏側の密腺から出る香りで虫を誘い、滑りやすくなっている袋の縁から虫が中に落ちる仕組みです。袋の内側も滑りやすく、虫が這いあがれないようになっています。袋の中には水が溜まっていて、分泌される消化液で消化吸収します。
 捕虫袋の色や形、大きさは種類によって様々で、その多彩さが大きな魅力になっています。自生地の環境によって生態も様々で、虫ではなく落ち葉を栄養にしたり、動物のフンを栄養にしたり、アリやコウモリと共生したりするものが確認されています。大きな捕虫袋を持つ種類では小鳥やネズミが捕まることもあるようです。
 東南アジアなど熱帯・亜熱帯の広範囲に多くの種類が自生し、人工交配によって作り出された品種も数多くあります。

ウツボカズラ
ウツボカズラ

〇サラセニア
 筒状に伸びた葉に虫を落とし込んで捕らえます。筒状の葉は内側が下向きの細かい毛で覆われ、落ちた虫が逃げられない仕組みになっています。捕らえた虫は消化酵素や共存するバクテリアによって分解、吸収します。美しい網目模様を持つものが多く、花も特徴的です。
 和名はヘイシソウで、形が「瓶子」と呼ばれる酒器に似ていることから付けられました。神棚にお酒を供えるときに使われる容器と言うと分かりやすいでしょうか。
 原産は北アメリカで、日当たりのよい湿地に自生します。原種は8種類ですが、多くの自然交配種、人工交配種があります。

サラセニア
サラセニア

②挟みこみ式
〇ハエトリソウ
 二枚貝を開いたような形の捕虫葉を持ち、葉の内側から出る香りで虫を誘います。葉の内側に3本ずつ計6本の感覚毛が生えていて、この感覚毛に2回触ると葉が閉じて虫を捕らえます。その反応時間は約0.5秒と速く、素早い動きをする食虫植物の代表選手です。
 葉が閉じる動きは細胞の水の出し入れによる圧力の変化で生まれるようですが、それだけでこの素早い動きを説明するのは難しいようです。開いた状態の葉を見ると凸型に反っているのが分かりますが、その状態で溜まっている「ひずみ」のエネルギーを使って葉の形を元に戻すことで素早い動きを可能にしているとのことです。この動きを「コンタクトレンズの凸面をへこませるとパッと元に戻る動きに似ている」と説明する資料もありますが、イメージできますでしょうか?
 また、感覚毛に2回触らないと葉が閉じないのは、生き物以外に反応するのを防ぐとともに、獲物を確実に捕らえるためだとされています。葉が閉じるのは2回の間隔が30秒以内の場合で、これはハエトリソウが30秒という時間の経過を記憶していることを示しています。進化の不思議さを感じさせる、とても興味深い植物です。
 原産は北アメリカで、東海岸の限られたエリアの湿地に自生し、原種は1種類です。

ハエトリソウ
ハエトリソウ

〇ムジナモ
 姿がムジナの尾に似ていることから命名された水草で、車輪状に配置された二枚貝のような捕虫器でミジンコなどを捕まえます。捕虫器の形はハエトリソウに似ていますが、感覚毛の数は多く、1回触れるだけで閉じます。閉じる速さは約0.02秒と非常に速いです。
 日本では牧野富太郎博士が1890年に発見し命名しました。その場面は2023年のNHKの朝ドラ「らんまん」でも描かれましたので、記憶されている方も多いと思います。
 かつては新潟県にも自生していましたが、残念ながら既に絶滅しています。国内でも人為的に導入されたものを除けば自生地が失われたと考えられていましたが、2022年に石川県の農業用ため池で発見され、現存する国内唯一の自生地だと考えられています。

ムジナモ
ムジナモ

③粘着式
〇モウセンゴケ
 葉にたくさんの腺毛が生え、腺毛の先端から粘液を分泌しています。その粘液で虫を捕らえると、それに反応して他の腺毛が虫の方に向かって倒れ、種類によっては葉の部分も虫に巻きついて虫の自由を奪います。捕らえた虫は粘液に含まれる酵素で分解し、腺毛から吸収します。
 世界中に広く分布しており、日本でも湿地や山間の湧水の近くなどに自生しています。尾瀬などの湿原を散策すると、木道の脇の足元に多く姿を見ることができます。

モウセンゴケ
モウセンゴケ

〇ムシトリスミレ
 葉の表面から粘着液を分泌して虫を捕らえます。虫を捕らえると虫に接する繊毛が縮んで虫の体が葉の表面に接するようになります。同時に葉の表面が浅く窪み、その窪みに消化液が溜まって虫を消化吸収します。
 世界中の広い範囲に約80種が分布し、日本でも2種が自生しています。スミレの仲間ではありませんが、花がスミレに似ているためこの名前が付けられました。

ムシトリスミレ
ムシトリスミレ

④吸い込み式
〇タヌキモ・ミミカキグサ
 捕虫嚢と呼ばれる袋状の捕虫器に、ミジンコなどを吸い込んで捕らえます。水中に浮遊するものと湿地に生えるものがあり、前者をタヌキモ、後者をミミカキグサと呼んで区別しています。捕虫や消化の仕組みはほぼ同じです。
 捕虫器は内部の水を外に出すことで低圧状態に保たれ、つぶれた形になっています。そして捕虫器の入口をふさぐ弁の毛に獲物が触れると弁が開き、水と一緒に捕虫器の中に吸い込みます。それに要する時間は1000分の10秒から1000分の15秒と極めて短時間です。その後、消化液を分泌して消化吸収します。
 自生範囲は広く、日本でも各地の沼や池、湿地などで自生が確認されています。

ミミカキグサ
ミミカキグサ

⑤迷路式
〇ゲンリセア
 タヌキモに近い種類ですが虫を捕らえる方法は独特で、地中に逆Yの字型の捕虫器を持ち、原生動物などの小さな生物を捕らえます。捕虫器はらせん状で、中には奥に向かって毛が生えており、獲物がらせんの隙間から中に入ると後戻りできなくなります。その仕組みはウナギなどの魚を捕らえる筒状の罠(ウナギ筒)に例えられます。
 南アメリカとアフリカの熱帯域に30種類が自生しています。
※)県立植物園では栽培していません。



3. 県立植物園の食虫植物コレクションより
 食虫植物の中でもウツボカズラは代表的な存在で、県立植物園でも多くの品種を栽培しています。最後に、その中から特に珍しい品種、ぜひ見ていただきたい品種をご紹介します。

〇巨大な捕虫袋を持つ3種【今回初公開】
・トランカータ×ペルタータ(交配種)
・ラジャ×バービッジアエ(同)
・グランディフェラ×バービッジアエ(同)

トランカータ×ペルタータ ラジャ×バービッジアエ
トランカータ×ペルタータ ラジャ×バービッジアエ

グランディフェラ×バービッジアエ
グランディフェラ×バービッジアエ

〇エドワードシアナ
 虫を取り込む縁の部分の美しさが特徴。

〇キエリウツボ
 黄色味を帯びた広い「えり」が特徴。

〇シビンウツボ
 ふたから出す分泌液を舐めに来るツパイという動物のフンを栄養として利用する。形が尿瓶(シビン)に似ていることからこの和名が付いた。

エドワードシアナ キエリウツボ
エドワードシアナ キエリウツボ

シビンウツボ
シビンウツボ

 厳しい環境の中で生き残るため、様々な仕掛けで虫を捕らえ、栄養とするために進化した食虫植物。その個性的な形や生態には本当に驚かされます。興味を持っていただいた方は、ぜひ植物園に足をお運びください。

新潟県立植物園 企画展示「とことん食虫植物展〜ジャングルラボへようこそ!〜」

新潟県立植物園 企画展示「とことん食虫植物展〜ジャングルラボへようこそ!〜」
開催期間:7月10日(水)~9月8日(日)
県立植物園HP https://botanical.greenery-niigata.or.jp/



(挿入写真)
 筆者撮影

(参考文献)
 土井寛文「食虫植物ハンドブック」(双葉社、2014年)
 田辺直樹「世界の食虫植物図鑑」(日本文芸社、2020年)
 福島健児「食虫植物-進化の迷宮をゆく」(岩波書店、2022年)
 野村康之「あなたの知らない食虫植物の世界」(化学同人、2023年)

(執筆者)
 高橋 忠栄
 新潟県立植物園 園長
 技術士(総合技術監理部門・建設部門)
 元 村上地域振興局長

※)当サイトの内容、画像等の無断転載を禁止します。